ギトンの秘密部屋だぞぉ

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昧爽の迷宮へ(5) Ins Dämmrungslabyrinth (Novelle)

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 ママは掌(てのひら)で、ぼくの胸から下のほうまで何度も触りまわしてから、今度は舌でゆっくりと上がってきた。ぼくは鎖骨の前後を舐められるのが好きなのだけれど、きょうはそこにはこだわってくれない。首の横から耳のほうへ来た。吐息が温かい。頬を擦りつけるようにしている。ぼくはママの背中を抱いて、背骨をなぞった。ぼくは、男の人の身体(からだ)で、この面がいちばん好きだ。それから、体側(たいそく)のあばら骨をたしかめてゆく。するとぼくの腕に沿って、ママの舌が動く。ぼくはママの乳(ちち)をなぞり、両腋(わき)の繁みをまさぐった。

 ほかの誰よりも薄くて自在な舌が、ぼくの唇を舐めている。ママのはテクニックでないから好きだ。自分が欲しいだけ貪(むさぼ)って、好きなだけ奪い取っていく。その思いきり良さが快い。

 ママの舌が入ってきた。ぼくは、ママの身体(からだ)を抱いて上体を起こした。いま、ぼくらはベッドの上で、向かい合っている。張り詰めて固くなった二人のものが、腹と腹のあいだで揉み合っている。ママの奔流のような舌にかきまわされながら、ぼくの舌も延びていこうとするけれど、到底かなわない。ママは、ぼくの歯を一本一本たしかめるように、表からも裏からも舐めた。

 いちど、口と口を離して見つめあってから、また唇を舐めあう。ママの唇があざやかな色に輝くのが、暗闇の中でもよくわかる。ぼくの唇も、ママの舌にみがかれて光っているだろう。それからまた、舌を中に入れる。こんどは、ママのは円柱のように太くなっている。ぼくの小さな舌が、やさしく迎える。口と口の遊戯を、ぼくは何度でも繰り返したいのに、ママは 30分もしないうちに飽きて、ほかの場所へ移ってしまう。あるいは、ぼくの口に、もっと固いものを入れてくる。

 ぼくは、口と口で1時間でも2時間でもやっていたいのだが、そういうのに付き合ってくれる人は、男にも女にもいないのが残念だ。

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 ぼくらは頂上に達したあと、ようやく身体を離して休憩し、向かい合って足を絡み合わせた。ぼくはママの胸を指でなぞったり撮(つま)んだり、ママは、ぼくの下のほうを弄(もてあそ)んでいる。ぼくは早くも復活しはじめていた。

 正気が戻って来ると、ゆうべの店での失敗が、とても恥ずかしかった。
 「ごめんなさい。」
 と、思わず口から出た。涙が湧いてきた。ぼくは、中学生の時から貧血症で、ときどき立ち眩
(くら)みすることがあるけれど、それで何か病気になったりするわけじゃないから、心配ないと言った。

 ママは、
 「うん、いい余興になった。」とご満悦を示してから、貧血にはリンゴを食べるといいよ。リンゴ以外でも、鉄分は貧血にいいんだ、等々講説を延べ展
(ひろ)げた。でも、ぼくはそれを聞きながら、リンゴをいつも皮ごと齧っていた同級生の白い歯と舌を想っていた。
 ママは、来週、彼氏とタイ旅行に行って来るという。ママの年上の彼氏は、店のオーナーで、毎年この時期に二人して海外旅行をするのだという。口調が男に戻っていた。ぼくのものをぎゅっと掴
(つか)んで、
 「マサヤも早く彼氏を作れよ。」
 と言って、眼を覗き込んできた。それから、ぼくがこのあいだ寝た男のことを尋ねた。ぼくは、「あれから会ってないよ。関心ないし。」と言った。

「ほおお! その顔で自信満々なのね。オトコ渡りする気満々?」
 またオネエ言葉になった。ぼくは、ママの肩に頭を凭
(もた)せた。
「頭ん中がお花畑だから、彼氏って無理。」真剣に言ったつもりなのに、口もとが緩んでしまう、「注文の多い料理店だし。」
 ママの胸に鼻つらを圧
(お)しつける。ママは、ぼくの髪を掴んで引き上げ、鼻を撮(つま)んだ。
 「なにが、ムリぃ…、だよ。かわいい顔しちゃって、このお。チョメ、チョメ。」額
(ひたい)を何度も軽くたたいた。「今からそれだと、じきにお穴(けつ)ガバガバんなるわよお。」

 ぼくは思わずふふと笑って、ママの首と肩に横からしがみついた。さっき掘られた奥が、じんと痛んだ。

【注】「注文の多い料理店」:宮沢賢治作の童話の題名。注文を受けるはずの店が、客に向かってあれこれ“注文する”という意味。

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 ゲイの集まるこの界隈でも、まわりにいるのはみんな、フロイトで言えば、「肛門期」か、成熟したオトナだ。でも、ぼくの性はもっと未成熟だ。そこに固着しているし、未成熟さが心地よい。そうだ。ぼくは、「口唇期」のオトコを探さなくちゃ。
 いつのまにか、ママの腕の中で、また睡眠に落ちていた。

【注】「セックス」のタグをつけているのに、どうしてピストン場面を書かないで飛んじゃうんだ? ピストンでも射精でもいいから書け。と言われそうですが、そこをなぜ飛ばしたかと言えば、この小説のテーマと関係ないからです。本篇は幻想小説です。作者は、現実世界のセックスも恋愛感情も、描く気はないのです。ゲイバーやゲイタウンが舞台に設定されているのも、それらをリアルに描くためではありません。私たちの「居場所」について読者の理解が深まれば、望外の喜びですが、作者の創作意図はそこにはありませんのです。

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