ギトンの秘密部屋だぞぉ

創作小説/日記/過去記事はクラシック音楽

声とはどんなものかしら?


恋とはどんなものか
ご存じのあなたさま
どうか見てください
ぼくが心の中に恋を抱いているのかどうか。

あなたさまにお話ししてみたい
ぼくが感じていることを。
こんなことははじめてで
何だか分からないのです

何かが欲しくてたまらない
熱い思いを感じるのです
それは時には喜びであり
時には苦しみなのです

心が凍りついたかと思うと
魂が燃え上がるのを感じます
そして一瞬のうちに
また凍ってしまうのです

ぼくはぼくの幸せを
捜し求めるのですが
それが誰の手にあるのか
それが何なのか、分からないのです

思わずため息をつき
嘆いてしまいます
知らず知らず胸高鳴り
ぶるぶると震えるのです

心は安らぐことがありません
夜も昼も。
なのに、こうして悩むことに
ぼくは愛着を覚えているのです

恋とはどんなものか
ご存じのあなたさま
どうか見てください
ぼくが心の中に恋を抱いているのかどうか。

(『フィガロの結婚』より
アリア「恋とはどんなものかしら?」
イタリア語原詩からギトン訳)
Voi che sapete - Mozart - Philippe Jaroussky - YouTube
Philippe Jaroussky, countertenor
Les Musiciens du Louvre
Conducted by Marc Minkowski
モーツァルト、歌劇『フィガロの結婚』より
アリア「恋とはどんなものかしら?」
ケルビーノ:フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
レ・ミュジッシャン・デュ・ルーヴル
マルク・ミンコフスキー(指揮)

フィガロの結婚』の原作は、1786年にパリで初演されたフランスの舞台作家ボーマルシェ作のコメディ(フランス語)。

1786年といえばフランス革命が勃発するわずか3年前!家来の理髪師兼何でも屋フィガロの結婚に横槍を入れる伯爵、廃止していた初夜権を復活してフィガロの新婦を味見しようと企んでいます
これを知って憤激したフィガロは、小間使いスザンナ、お小姓ケルビーノらと示し合わせ、伯爵夫人を味方に引き込んで伯爵の企みを粉砕しようと懸命です…
封建制の悪弊と貴族の専横を痛烈に風刺したボーマルシェの・この喜劇は、しばしば上演を禁止されたほどの“危険思想”でしたが、
これがすっかり気に入ってしまったモーツァルトのために、
脚本家ダ・ポンテは、わずか6週間で全文をイタリア語詩形のオペラ台本に書き換え、モーツァルトの作曲もまたたく間に進行したので☆
原作劇のパリ初演と同じ年の5月には、ウィーンでオペラ初演を迎えました。

 ☆(注) オペラと、ほかの音楽劇(オペレッタ、ミュージカル、…)と、どこが違うのかというと、オペラは、すべてのセリフに音符が付いているのです。

「恋とはどんなものかしら?」は、第2幕でケルビーノが歌うアリア。庭師の娘と逢引していたところを伯爵に見咎められ、屋敷から追い出されそうになったお小姓ケルビーノが、伯爵夫人の前で自作のシャンソンを歌って取りなしを頼む場面ですが、

演出のしようによっては、
“ぼくに恋を教えてくださいヽ(^.^)ノ”などと夫人に言い寄って、精一杯の誘惑攻勢をかけているカマトトぶりにも見えますw

歌詞が分からないと、興ざめですから
↓最初の部分だけですが、イタリア語とフリガナを出しておきましょうか‥↓
(▼が1拍目、アクセントを付けます)

▼ヴォーイ ケ・サ▼ペーテ/ ▼ケー コーサ・ェヤ▼モール
Voi che sapete che cosa è amor,
恋とは何かを知っているあなた、
▼ドンネ ヴェ▼デーテ/ ▼スィーオ ロー・ネル・▼コール
donne, vedete s'io l'ho nel cor.
どうか、僕がそれを心の中に持っているか、見てください。
▼ドンネ ヴェ▼デーテー/ ▼スィーオ ロー・ネル・▼コール
Donne, vedete s'io l'ho nel cor.
どうか、僕がそれを心の中に持っているか、見てください。
ところで、きょうのテーマは、“恋”ではなくて“声”でしたw

↑↑上のヴィデオでは、ケルビーノのアリアを男性歌手が歌っていましたが、声が高いですね‥

それもそのはず‥
じつは、モーツァルトのオペラでは、ケルビーノはメゾソプラノ、つまり女性が歌う男役なんです
ケルビーノの設定は15歳くらいの少年──恋を知り始めた少年ということですが‥
オペラの舞台では、額に皺を刻んだ熟年女性が演じていたりします(笑…笑っちゃいけませんね)

↓こちらのオペラの舞台では、ロリータ風(ショタ風?)の女性歌手が演じていますが、それで選んだわけではありません。音楽性で選んでいますから、念のため‥

Voi Che Sapete - Maria Ewing - YouTube
「恋とはどんなものかしら?」
マリア・エヴィング(メゾソプラノ)

本物の(っていうのも変か?!)女声歌手のほうが声量があるのは否定できませんね。。。

しかし、↑上のジャルスキーカウンターテナーも、
“15歳の少年”というケルビーノの設定を考えれば、かえって、このオペラにふさわしいのかもしれません‥

さて
カウンターテナー
とは、成人男性が、女声の音域パートを歌う声部です
もともと、ユダヤ教キリスト教の教会では、“女は教会では黙すべし”という戒律があったようで、
高音部は声変わり前の少年が受け持っていました。これが少年聖歌隊の起源です

しかし、ボーイソプラノは、どうしても表現力が乏しいので、
やがて成人男性が、ヨーデルのような裏声(ファルセット)で歌うようになりました。これがカウンターテナーの始まりです。

裏声以外にも、高い声を響かせる技術がいろいろ開発されて、カウンターテナーという声部が確立します。
ここで、間違えないで欲しいのは、カウンターテナーは“高い声を出す技術”であって、トランスジェンダーとも同性愛者とも異なるということです。カウンターテナーの歌手は、ふだん話す声は低い男の声です。ノドボトケもあります。髭も生えます。また、多くは異性愛者です。

(西洋ではその後、中近東から去勢手術[宦官]が伝わって★、去勢された男性が高音部を歌うようになりました。これはカストラートと言って、カウンターテナーとは別です)
 ★(注) ウィキペディアなどにはこのように解説されているのですが、事実は:ヨーロッパでは中世初期から去勢手術が行なわれていまして、じつは、イスラム世界に“宦官”を供給していたのはフランク王国などヨーロッパ世界だったことが、フランスの史家アンリ・ピレンヌらによって実証されています。
 それによれば、中央アジア遊牧民が狩り集めたスラヴ人の少年を(“奴隷にする種族”という意味で、“スラヴ[≒slave:奴隷]”と呼ばれるようになりました)、ヨーロッパの商人が奴隷として買取り、西ヨーロッパに運んで去勢手術を施した上、イベリア(スペイン)からジブラルタル海峡を越えてサラセン帝国に持ち込み売却するU字型の奴隷貿易が行なわれていました。
 西洋の人は、自分たちの先祖が行なってきた異教徒に対する人権侵害を、隠したがる傾向があるので、西洋史を調べる際には注意が必要です。

女声(ソプラノ、メゾソプラノ)、カウンターテナーカストラートの関係を図にすると↓
このようになります。
(ドイツ語版ウィキペディアの挿図に日本語表示を付加)



カストラートの去勢も、セクマイとは異なります。本人がニューハーフになりたいから去勢するのではなく、あくまでも歌唱法のために去勢するのですから人権無視になります。そこで、20世紀には去勢は行なわれなくなり、カストラートはいなくなりました。
しかし、西洋では長い間カストラートが常識として存在したので、“高い声で歌うのは男でない男”という誤解──偏見が支配するようになっていて、
カストラートがなくなっても、カウンターテナーはなかなか復活しませんでした‥

カウンターテナー歌手が一般に受け入れられるようになったのは、20世紀も終わり頃ではないでしょうか‥

↓↓ジャルスキーのこのヴィデオは、Youtube で250万回再生されて大ヒットしたそうです↓↓カウンターテナーがクラシック演奏の市民権を得たのは、ようやくこの頃なのではないかと思います:

Philippe Jaroussky - Vivaldi aria - YouTube
On February 28th 2007, Philippe Jaroussky sings a Vivaldi aria, with that angelic & amzing voice. Later on that evening, he is awarded 2007 best French lyrical artist.
ヴィヴァルディ、アリア
フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
2007年2月28日ライヴ
〔演奏は、0:56〜〕

ジャルスキーは、このコンサートの成功によって、フランスでこの年(2007年)の最優秀オペラ歌手に選ばれました。

ところで、さきほど「恋とはどんなものかしら?」のところでも書いたように
ジャルスキーといえども、女性のクラシック歌手と比較すると、声量の点で敵わないことは否めません
やはり、声量は共鳴箱の大きさによる‥女性の胸の厚さにはかなわないのでしょうか??

それでは、ジャルスキーのような見栄えのするマスクは犠牲にしてでもw‥
胸板の厚い“男の中の男”マッチョに歌わせてみたらどうでしょうか?

胸板も胸毛も豊かに蓄えた毛むくじゃらの男が女声音域で歌う‥‥ちょっと考えると有りえないことに思えますが
思い出してください‥カウンターテナーは、体質が中性的かどうかとは別問題。。あくまでも歌唱技術なのです。。。

↓こちらのラドゥ・マリアンは、ご覧のとおり、ロシア髭をたくわえた立派な男性ですが‥
ちょっと彼の歌う声を聞いてみてくださいな‥↓↓

Radu Marian, Handel "Lascia Ch'io Pianga" - YouTube
G. F. Händel, Lascia Ch'io Pianga.
Radu Marian - Sopranist,
Valerio Losito - Violin,
René Clemencic - Harpsichord.
Live performance.
ヘンデル、歌劇『リナルド』から、アリア「ラシャ・キオ・ピアンガ」
ラドゥ・マリアン(ソプラニスタ)
ヴァレリオ・ロジート(ヴァイオリン)
ルネ・クレメンチク(ハープシコード)

ソプラニスタ
は、カウンターテナーよりもさらに高い音域──女性のソプラノ歌手と同じ音域を担当する男声です。
映像を見て、声を聞いて──びっくりしましたか?
マリアンは、モルダヴィア(旧ソ連ルーマニアの境界地域)出身ですが
写真を見てお分かりのように、胸毛もふさふさとあるようです‥

マリアンの歌唱を、もうひとつ↓。有名なグノーの「アヴェ・マリア」↓

Radu Marian, Male Soprano: Ave Maria - YouTube
Radu Marian, male soprano.
Ave Maria, Johann Sebastian Bach / Charles Francois Gounod.
J.S.バッハ/グノー「アヴェ・マリア
ラドゥ・マリアン(ソプラニスタ)

ところで、ジャルスキーカウンターテナーで一世を風靡するよりも前から
フランスには、いちおう名の通ったカウンターテナー歌手がいました。
ドミニク・ヴィスは、古楽専門の歌い手として定まった評価があり、
自身の得意とする作曲家クレマン・ジャヌカンの名を冠せた“アンサンブル・クレマン・ジャヌカン”を率いて活躍しています。

↓男性のみのアンサンブルですが、高い声で歌っているのがヴィスです。
よく聴くと、女性の声とは一味違うのがお分かりでしょうか?↓↓

Clément Janequin : Il estoit une fillette - YouTube
Ensemble Clément Janequin, Dominique Visse, dir. "Janequin: Le Chant des Oyseaulx"
Clément Janequin (1485-1558), French Renaissance composer.
Chanson : Il estoit une fillette.
クレマン・ジャヌカン『鳥の歌』より
クレマン・ジャヌカン・アンサンブル
ドミニク・ヴィス(指揮、カウンターテナー)
ヴィスの場合には、‥まだカウンターテナーが一般クラシックの市民権を得るよりも前だったせいでしょうか‥
女声にはない男の声特有の色つやを生かして、存在領域を確保したおもむきがありますね…

ジャヌカンの『鳥の歌』から、もう一曲↓↓
Clément Janequin : Le chant des oyseaulx - YouTube
Chanson : Le chant des oyseaulx.
クレマン・ジャヌカン『鳥の歌』より
標題作「鳥の歌」
クレマン・ジャヌカン・アンサンブル



さて、きょうの最後は、レディー・ガガの弾き語り‥

いえ‥ガガ本人ではなく、13歳の少年が歌います‥↓↓
この少年もすごいですね。。。こういう形で性と年齢を突破するのは‥
なんと言ったらよいのか????

niño, canta igual a Lady Gaga.. child sings equals Lady Gaga.. - YouTube
escucha como canta y toca el piano, la cancion es: de Ladi Gaga.. terrible el pibe, con tan solo 13 años..




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