ギトンの秘密部屋だぞぉ

創作小説/日記/過去記事はクラシック音楽

木の霊(こだま)

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弘明寺 十一面観音立像 (横浜市)
「木 霊」 と書いて こだま と読みます。
「ヤッホー」と呼ぶと返ってくる声は、“木の霊”が叫んでいるということなんですね‥

この漢字熟語、日本特有のものなのか、中国にもあるのか、わかりませんが、
生きている樹木が霊を持っている、樹木の霊は伐られたあともコケシ人形や仏像となって、人間に力を及ぼすという‥日本人の昔からの──おそらく縄文時代から──信仰を表しているようです…
たとえば、木製の仏像の造り方で“鉈彫(なたぼり)”というのがあります↑

木の霊を損なわないように、一本の木から彫り出して、
しかも仕上げをあえてせず、木肌を削った鑿の痕や木目が残るようにする‥
‥関東から東北にかけて、平安〜鎌倉時代に造られました‥

(梅原猛『日本の深層──縄文・蝦夷文化を探る』,集英社文庫,1994,pp.134f,180f.)


Al dolce suon - Orlando di Lasso - YouTube
Composed by Orlandus Lassus (1530-1594)
Poem by Antonio Minturno (1500–1574)
Wolfgang Helbich & Alsfeld Vocal Ensemble
オルランド・ディ・ラッソ「つぶやく浪のやさしい音に」
アントニオ・ミントゥルノ(詞)
アルスフェルト・ヴォーカル・アンサンブル
ヴォルフガング・ヘルビヒ(指揮)

つぶやく浪のやさしい音に
花咲く野辺の新鮮な香りに
黄金の岸辺に、埋めつくす岩塊に
人魚(サイレン)の麗しい歌声に
倦み疲れた私の戸口に
私はひとつの光を見る
それはついに第三の天☆にともれる灯り
「第三の天」とは、神の住み家、つまり天国のこと(新約聖書,第2コリント12,1-9)

「1756年7月、朝3時ころのことだった;月は清(さや)かに宙天にかかっていたが、その輝きは鈍りはじめていた。

 東には、すでに一本の黄色い細い筋が浮き出て天末を縁(ふちど)り、この狭い谷戸(やと)の入口を、黄金のリボンで塞いでいた。

 フリードリヒは、いつものように草の上にまろび、楊(やなぎ)の小枝の先に不格好な獣の姿を彫り出そうとして削っていた。

 彼は疲れ切ったように欠伸(あくび)をし、ときどき頭を、朽ちた切り株の上で休ませては、
絡み合った実生(みしょう)の藪でほとんど塞がれている谷底の入口に向けて、
薄明かりの地平よりもぼんやりとした視線を投げた。〔…〕」

(アンネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ『ユダヤ人のブナの木』第4章から)


Orlandus Lassus: Aurora Lucis Rutilat - YouTube
オルランド・ディ・ラッソ「夜明けはバラ色に輝き」

夜明けはバラ色に輝き
賞賛は天に鳴り響く
〔…〕
死の軍勢の監護のもとに
石もて封じられていた者が
いまや気貴(けだか)く意気揚々と
勝ち誇って死から起き上がる
〔…〕
主よ、御身に栄光あれ
あなたは死者たちのただなかから昇った
〔…〕

「森の中からは、ときおり鈍いカーンという音が響いて来た;その音は、数秒続いたかと思うと、山の斜面に永い木霊を曳(ひ)き、
また、カーンという音が、まる5分ないし8分ものあいだ続いた。

 フリードリヒは、その音には無関心なようだったが、
たまに、音が異常に大きいときや、永く続くときには、
頭(かしら)を上げて、
谷底に通じているあちこちの小径に、ゆっくりと目を這わせるのだった。」

(アンネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ『ユダヤ人のブナの木』第4章から)

Resonet in laudibus - Orlando di Lasso - YouTube
オルランド・ディ・ラッソ「モテット“賞讃の声は鳴り響け”」
(ヴォーカル多重録音)

「もう、夜ははっきりと明けそめていた;鳥たちが低くさえずり、
地面の湿気が立ち昇って露を結ぶのが感じられた。
フリードリヒは、切り株から辷(すべ)り降り、頭の後ろで腕を組んで、
音もなく忍び寄って来る朝焼けを凝視した。

 とつぜん、彼は立ち上がった:顔に稲妻が走り、
彼は深く上体を曲げて、
獲物の匂いを嗅ぎつけた猟犬のように数秒間耳を澄ませた。
そして、すばやく2本の指を口に当て、かん高く長い指笛を吹いた。〔…〕

 その瞬間に、
近くの茂みの枝がほとんど音もなく寄せられて、
腕に銀の徽章の付いた緑色の狩猟コートを身に着け、手にライフルを構えた男が歩み出て来た。〔…〕」

(アンネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ『ユダヤ人のブナの木』第4章から)

ドロステ=ヒュルスホフは、ゲーテ、シラーとほぼ同時代のドイツの女流作家ですが、
古典主義の作家たちのように人類の自由と尊厳を声高々に語ることもなく、
抑えた即物的な語り口の中に、社会の生み出す悪とその帰結を淡々と述べるその作風は多くの読者に深い印象を残し、時代を超えて今日まで読み継がれています‥

主人公フリードリヒは、ユダヤ人殺しの犯人と疑われて故郷から逃げ出しますが、‥さいごには、無実であったとの噂が人々に広まるなかで自ら縊首してしまいます‥



↑↑上の引用は、
牧童をしていたフリードリヒ(
じつは、森林盗伐の一味と組んで見張りをしているのですが‥それは、この場面ではまだ読者には明らかにされていません)の前に、森林官が突然現れる──そして、このあと森林官殺害に関わってしまう──場面です。

学生のころ、辞書を引きながら読んだときに、
このクダリの‥‥夜明けの静寂(しじま)の中で、盗伐団が ひそかに木を伐るカーン、カーンという音が、木霊をともなって暗い沼地に響き渡ってゆく情景が、とても印象に残ったので、訳出しました。
YouTube
Melt Earth to Sea - Peter Holman's reconstruction of Ben Johnson's "Masque of Oberon" (1611)[The Musicians of the Globe - Philip Pickett]
ベン・ジョンソン『歌劇 オベロンのマスク』(1611年)から
オベロン入場のマーチ“地は溶けて海となり”
ピーター・ホーマン(編曲)
ミュージシャンズ・オヴ・ザ・グローブ
フィリップ・ピケット(指揮)

Melt earth to sea,
sea flow to air,
And air fly into fire,
Whilst we in tunes
to Arthur's chair
Bear Oberon's desire;

Than which there nothing can higher be
Save James, to whom it flies:
But he the wonder is of tongues, of ears, of ears, of eyes.
[バット ヒー ザ ワンダー イズ オヴ タンズ / オヴ イーズ オヴ イーズ オヴ アイズ]