ギトンの秘密部屋だぞぉ

創作小説/日記/過去記事はクラシック音楽

21世紀のアンデルセン

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フィレンツェ市の大公広場からほど遠くない場所に──ポルタ・ロッサとか云いました──小さな路地があります。

 この路地の、野菜市場のように店が並んでいる前に、芸術品といってもいいくらい精巧に造られた青銅のイノシシがあります。銅像の口からは、新鮮な澄んだ水がちょろちょろと流れ出ています。

 イノシシは、もう古くなって、すっかり黒い緑色になっていますが、鼻先だけは綺麗に磨かれたように輝いています。じっさい、磨かれていたのです。それというのも、何百人という子供たちやホームレスたち(ロッツァローニ)がイノシシの鼻をつかんで、水を飲むためにイノシシの口に自分の口を押し付けるからなのです。

 そんな可愛い半裸の少年が、形良い動物を抱いて、爽やかな口をイノシシの鼻先に押し付けているところは、まさに一枚の美しい絵になります。……」
A.Vivaldi - Concerto in A major 'Il Rosignuolo' RV 335 - YouTube
Venezia by Canaletto.
ヴィヴァルディ「協奏曲 イ長調ナイチンゲール”」RV335.
画像:カナレット、ヴェネチア風景

「真冬の晩でした。……お城の庭には、冬でも何千本というバラが咲き誇っていましたが、松の枝の下には、ボロを着た小さな少年が一日中座っていました。それは、イタリアを象徴するかのように、それほどにも美しく、にこやかで、それほどにも苦しそうな少年だったのです!彼はお腹がすいて喉が渇いているのでした。一銭の施しももらえずに暗くなり、お庭を閉める時間になったので、門番は彼を追い出してしまいました。……」




「……少年は、青銅のイノシシのほうへやって来ると、腰をかがめて、イノシシの首に手を巻きつけ、光っている鼻先に口を押し当てて、流れ出ている爽やかな水を長い時間かけて飲んでいました。すぐそばには、サラダ菜の葉っぱと栗の実がいくつか落ちていたので、それが少年の夕食でした。通りには、ほかに誰もいませんでした。……」
(H.C.アンデルセン「青銅の猪」,ギトン訳★)
少年は、生きたイノシシとなった青銅像にまたがって、夜の町を飛び回ります。とりわけ少年を虜にしたのは、ウフィッツィ美術館にあった一枚の絵でした。それは、冥界に降りてきたキリストに、異教徒の子供たちが救われて、天国へ向かうところが描かれていたのです。
しかし、それはその一夜だけのこと。やがて絵画に興味を持ち、家で絵の練習をしていた少年は、警らの憲兵にいやがらせをされたのがきっかけで、家から追い出されてしまいます。
何年かのち、絵の練習をしている少年や青銅のイノシシを描いた若い画家の作品が、フィレンツェの美術アカデミーで人々の賞賛を受けています。しかし、その作者は数日前に亡くなっていたのでした。//

(この「青銅の猪像」は、現在でもフィレンツェにあるそうです。また、兵庫県西宮市には、そのレプリカがあります)

アンデルセンは、もともと単なる童話作家ではなく詩人・小説家を目指していたようです。そういう目で見ると、彼の“童話”には、決して子供騙しではないことが沢山書かれているのです。

とりわけ、世間から邪険に扱われる貧しい不遇な人々に向けられた彼の真剣なまなざしを、私たちは、随所に見ることができると思います…


アンデルセン(1805-1875)は11歳の時に父を喪い、コペンハーゲンに出てオペラ歌手になろうとしましたがなれず、学校(ギムナジウム)でも教授から文学的才能を嘲笑われたりしましたが、諦めずに多くの国々を旅して書いた紀行文が出世作になりました。

若い頃に書かれた童話には、「死ぬ以外に幸せになる術を持たない貧困層」への同情が表れているといいます。
…たしかに、「錫の兵隊」にしろ、「マッチ売り」にしろ、「雪だるま」にしろ、他人には決して顧みられることのない情熱を追い続けて死んでゆく主人公が、アンデルセン童話には、なんと多いことでしょう…

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La Stravaganza Op.4 No.9.[RV284](score: Op.4 n.4 by London,J.Walsh,1728-version)
01. Allegro
02. Largo
03. Allegro
Europa Galante
Fabio Biondi violin & direction.
ヴィヴァルディ「協奏曲 ヘ長調ラ・ストラヴァガンツァ”作品4 第9」 RV284.
エウローパ・ガランテ
ファビオ・ビオンディ(ヴァイオリン、指揮)

★(注) 日本で流布している翻訳とは、大きく解釈の違う箇所があります。興味ある方は、ぜひ市販の童話集と読み比べてみてください。